歌舞伎

◆歌舞伎とは演劇そのもの

 既に歌舞伎の歴史や考え方というものについて書かれた文献は、たくさんあります。ですからこれからお話しすることは、「私の考えている歌舞伎」としてお読み戴ければと思います。 歌舞伎というのは、「江戸時代にできた派手な演劇」と言えるのではないでしょうか。かぶき者(異様な風体をして大道を歩く者、遊び人)とか、異常な振る舞いをする「かぶく」という語が語源にあると言われ、アングラ的なものから生まれたように思われていますが、私は、最初から演劇として生まれてきたのではないかと思っています。ただ、江戸の文化というのは、多種多様でしたから、前衛的なものが目立ってしまい、そういうイメージとして捉えられるのではないでしょうか。

 そう考えるようになったのはもし一般に言われているようにアンダーグラウンドな起源のものであれば、もっとそういう形跡を現代に残しているような気がするからです。

 ですから私は、歌舞伎とは、音楽性や舞踊性などもしっかり取り込んだ、演劇そのものだと思っています。

 

◆深みのある言葉と、高いエンターテイメント性

 もう少し各論的にお話ししましょう。まず歌舞伎の中で使われる台詞。何度も本を読み返してみると、言葉の持つ意味や深みを、しっかりと吟味して使われていることが分かります。私はそこに、ある種の文学性すら感じます。また日本語における七五調という、しゃべる時のリズムを考えて言葉が選ばれている場合もあります。

 これは例えば、シェークスピア劇に見られる独特のリズムに匹敵するのではないでしょうか。また歌舞伎には、様々な仕掛けや視覚効果を考えた趣向が、江戸時代からありました。当然当時には、今のようなテクノロジーはなかったわけですから、その代わりとして引き抜きや、宙乗りといった仕掛けがあったのだと思います。そういう流れは、例えばギリシア悲劇やシェイクスピアなどの西洋の演劇史を紐解いてみても、非常に似たものを見つけることが出来ると思います。つまり、そうした趣向は、奇をてらったものというよりは、演劇的見せ方、あるいはエンターテイメント的要素として必要だったということでしょう。

 

◆南北作品に見る演劇的完成度の高さ

 歌舞伎作者の中でも、私は鶴屋南北(四世/1755~1829)は傑出した人だと思っています。

 当時の作品の多くは、最初から配役を想定して書いたと言われています。ところが彼の場合、作品が良く書けているために、その作品に合った役者が出てくれば、いつの時代でも、その脚本が蘇るという普遍性をもっています。例えば、代表作である「東海道四谷怪談」などは歌舞伎だけではなく、映画にもなり、新劇としても上演され、好評を博しました。

 私は彼の作品に触れる度に、演劇的に練り上げられた深みを感じます。これは、南北が演劇とは何かをしっかり認識し、脚本を書き上げたことの証明にほかならないと私は考えています。

 

◆近松の文学性や、「鳴神」の完成度の高さ

 その南北よりさらに時代を遡った、近松門左衛門(1653~1724)の作品は、より 文学的な要素を持ち、語り物として完成されています。

 また純歌舞伎と呼ばれている作品の代表作は、今では歌舞伎十八番として集成されていますが、その中でも「鳴神」(「雷神不動北山桜」作・津打治兵衛/1742年 初演)は、作劇上の文章の成り立ちとして、大変完成度が高いと思います。

 しかし、河竹黙阿弥(1816~1893)になると、風俗をテーマに据えた作品が多いため、その風俗がなくなるにつれ、作品として成り立たなくなってしまう傾向にあります。さらに黙阿弥が生きた時代(幕末から明治維新の激動期)とも関係しているのでしょうが、少し荒唐無稽さが薄れ、芝居を論理づけようということにこだわったり、結末が論理的に導かれるため、南北作品のようなカタストロフィーがなくなってしまいました。その結果、初演の頃は大流行した作品でも、今はもう出来ない。

 そんな作品もあるのです。

 

◆能の作品も見事に昇華

 歌舞伎の作品には能を原典にしたものや、文楽から歌舞伎になった名作も少なくありません。

 その中でも能からきた「勧進帳」や「道成寺もの」の多くは、随分力のある人たちの集まりによってつくられていることが分かります。ですから、今では、能から離れたものとして楽しむこともできます。

 私もよく演じている「京鹿子娘道成寺」などは、曲だけを聞いていると、能からとったなどとは分からないくらい高いレベルで成り立っています。

 

◆昔と比べられることで、自分を向上させる

 では、そうした長い歴史を踏まえて現代の歌舞伎を見てみましょう。

 まず、照明や、音響技術の進歩は革新的ですから、明治後半から、平成にかけて歌舞伎のスタイルは、江戸時代のものとは、大きく変わってしまったと思います。

 ですから、歌舞伎の世界ではよく「昔と比べてどうだ」という議論がおきるのですが、そこにはある種の妄想もあると思います。

 ただ、私は昔と比べられることに対して、こう考えるようにしています。「昔はもっと良かったんだろうと思うことによって、より修行に励んだり、研究したり、勉強できる」。そう考えると、「昔は良かった」と言われることは、悪い言い方ではない。いわゆる原点を探るということは、実は探り尽くせるものではないのですが、探ろうとするパワーが、自分を向上させる。また「昔は良かったんだろう」と思うことによって、現在に満足してはいけないと自戒し、ナイーブに探究することが出来る。

「昔の歌舞伎」と今の自分の歌舞伎との距離感を、私はそう捉えています。

 

◆歌舞伎は常に肉体表現であること

 もう1つ心の片隅に留めておいていただきたいことがあります。改めて言うまでもありませんが、はやり歌舞伎俳優は、肉体表現者であるということです。私たちはそれを子供の頃から、徹底的に教え込まれます。頭で考える前に体で覚える。

 先頃の小劇場ブームの際に取り沙汰された「過激に動く演劇」という風潮は、つまり肉体表現ということが、再確認されたということからきたものなのでしょう。 かつて頭で考える、あるいは哲学で演じる演劇というのが、大変新しいように見えたことがありました。ですが、そこから生まれてくるものには、肉体表現としては弱い面も出てきます。

 まず最初に、演劇とは肉体表現であり、見る人を感動させる芝居である――、それが今改めて再確認され始めているのではないでしょうか。そして、私にはそういうスタイルが、人間の本来の姿から生まれてきたもののように思えます。

 

◆願い、祝うために生まれた芸能という源を心の片隅に置いて

 多くの文献でも述べられているように、舞踊や演劇の起源は、農作物の豊穰を願ったり、祝ったりという儀式的なものにもあるでしょう。それがやがて、踊りと演劇に分かれていったのでしょう。ですが、いつまでも演劇の原点である祝祭的要素にとらわれ過ぎる必要があるでしょうか。

 私はただ舞踊や演劇の原点がそこにあること、そのことを心に留めておきたいと思います。ですから、そういう意味で、歌舞伎を含めた演劇が、肉体表現であるということを忘れることは不可能でしょう。

 

◆五感で楽しむエンターテイメント

 こうして徒然に、私なりに歌舞伎について思うことを述べてきましたが、改めて申しあげれば、歌舞伎は、踊りあり、音楽ありの豪華で贅沢なエンターテイメントにほかなりません。そして歌舞伎が刻んできた歴史を、堅苦しい伝統と捉えるのではなく、今、目の前で繰り広げられている場面を、たっぷりと年月を掛けて熟成された極上酒のように味わって戴ければと思います。そして最後は、歌舞伎をご覧になるお客様が、目で楽しみ、耳で楽しみ、喜怒哀楽を感じ、ウサをはらして、あるいは人生をしみじみと感じながら、楽しんで戴ければ、それで充分ではないかと思っています。