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◆2020年2月


皆様いかがお過ごしでしょうか。瞬く間にお正月が過ぎました。今年のお正月は、名古屋にお招きいただきまして、2日から「御園座新春特別舞踊公演」を開催させていただき、3日間の公演を大盛況で終えることができまして、大変嬉しく思いました。昔、私が二十歳代の頃に父と名古屋で年越しをし、現在は閉館されております中日劇場で正月2日から初日を開けた思い出が蘇ってまいりました。ところが、最近名古屋では、お正月公演が行われることが少ないとお聞きし、今では、そういう時代になったのだなあ…と思いました。御園座でのお正月公演は、この度が初めてでございましたが、去年の9月に新装開場しました御園座で初めて舞踊会を開催させていただきましたおり、是非お正月も、とのお話をいただきまして、今回のお正月公演となりました。改めてご来場下さいました皆さまに御礼申し上げます。

 その後は、しばらくお休みをいただきまして旅をしたり、中旬からは、普段なかなか会えなかった知り合いに会ったり、物を整理したりして過ごしておりました。そして月末には、5月の京丹後公演の取材会と、今年で30周年を迎えます、最後の八千代座公演の取材会を行いました。

 さて今月は、2日から歌舞伎座で「十三世片岡仁左衛門叔父様の二十七回忌追善狂言」でございます。私は約10年振りに「道明寺」の「覚寿」を演じさせていただきます。この度は十五代目の片岡仁左衛門さん、ご子息の孝太郎さん、お孫さんの千之助さんとご一緒で、三代に渡る片岡家の皆様とこの「道明寺」を務めさせていただけることは大変感慨深いものがございます。「道明寺」の「覚寿」ですが、実は、私の父十四代目守田勘彌も大変好きなお役でございまして、父は「立ち役」でありながらも演じておりました。「覚寿」が初めに出てまいりました時に、「立田の前」と「苅屋姫」を連れて折諫するという場面がありますが、父はこの場面で「零れ松葉に、鼠色の被布」を着ておりましたので、私も、自分の体の大きさに直して着させていただいています。被布を着ない方もいらっしゃいますし、また違った織物の被布を着られる方もいらっしゃいますが、細身の役者に合うようにと、昔、父が考えたのでしょう。打掛は前回も着ておりましたが、この「覚寿」に合うようにと、新しく作らせていただきました打掛でございます。この「覚寿」は、三婆の一つでありますが、大変複雑な思いを抱えておりますお役でございます。覚寿は自分の娘を殺したお婿さんに、敵討ちをするのですが、本当は、極悪非道な婿ではないことを分かりながらも成敗しなければならない身の上で、更に、菅丞相が流刑されることを嘆きながらも、その原因になったのが娘の苅屋姫であるということ、そして最後には、世の無常を悟りながら幕切れ迎えるわけでございます。大変、心に重くのしかかる役ではございますが、何故か、白髪を被っておりますと、初めから悟りの境地があるのではないかなあ・・・という思いで、「政岡」や「戸無瀬」や「尾上」などのような苦しさよりも、悟りの境地に入っていけるという開けたところもあり、色々な役をやらせていただいた後に頂けるお役ではないかと思うのです。

 また夜の部は「羽衣」でございます。皆様ご存知の通り、日本古来の伝説で、私たちが好きな題材でございます。幽玄と申しましょうか、儚さと申しましょうか、しかし、どこか明るく神々しい出し物でございます。この二題を一生懸命務めさせていただきますれば、ご寛容に御見物の程お願い申し上げます。

そして3月に明治座で上演されます、勘九郎さん、七之助さんの「桜姫東文章」を監修でお手伝いをさせて頂きますので、お稽古を行う予定でございます。

 その後は、しばらく歌舞伎の舞台からは遠ざかりまして、市川團十郎襲名興行でお目にかかることになります。皆様が素晴らしい向春のひと時をお過ごしなされますようにお祈り申し上げます。

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